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マルヒア・コジマ

Author:マルヒア・コジマ
マナ・カードセラピスト兼ハワイ文化講師です。名古屋と名古屋郊外 岐阜、三河方面でマナ・カード&ハワイ講座をさせていただいています。ハワイの神話、文化などなど、熱~く語る事が趣味。講座情報、イベント情報などをお知らせします。

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日曜夜22時🌛夜 ハワイ 第14夜

夜 ハワイ第14夜は!!

では、ポリネシア人は
どうやってハワイに辿りついたのか??
というと

…実は諸説あります。
今回は、篠遠喜彦先生説で。

20150322193522a40.jpg

スタートを、見てください!
アジアです。
ハワイアンがモンゴロイドというのがわかりますね。
ここから、
20150322193833676.jpg

白丸印の、タヒチ、マルケサス諸島のあたりへと
人が移動していきました。

理由は
部族間の闘争、自然災害、人口増加などのようです。

そしてそこから、
201503221942157f9.jpg

ハワイ諸島や、イースター島やニュージーランドへと
タコの足のように移動していった、と
考えられてます。

しばらくは、ハワイとマルケスのあたりは、
行ったり来たり があったようですが、

やがて行き来はなくなり
ハワイには独自の文化が育っていきました。とさ。

それは、ヨーロッパで
コンパスが発明される、うーんと前のこと。

コンパスも地図もないのに、
ひろーい太平洋を縦横無尽に旅する
ポリネシアン…凄いと思いませんか?(((o(*゚▽゚*)o)))

201503221949546de.jpg
太平洋のインディジョーンズ 篠遠喜彦先生です!

なぜ、諸説あるか、というと、
古代ポリネシアは文字がない文化なのです。


そして、エコな生活だったので、
ヒントになるものは全く残らなかったから
推測になってしまうからなんです。

文字がないからって、バカにしてはいけません!

全ての知識は、頭の中に!((((;゚Д゚)))))))
それが、フラだったり、チャント(詠唱 祝詞みたいなもの)として
引き継がれているのです。


今日の資料は、
地図はビショップ博物館
篠遠先生のお写真は、ビショップ博物館のサイトから
お借りしました。jp.bishopmuseum.org より。Mahalo


今日はちょっとお勉強でしたねえ。

ではまた明晩!

A hui hou



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